マンガ、映画の感想をベースに、たまにいろいろ書いてます。


『グイン・サーガ 第1巻 豹頭の仮面』

評価:4.0

グイン・サーガ1 豹頭の仮面: (1) [Kindle版]@Amazon (Amazon)
栗本薫が約30年、130巻+外伝22巻に渡って書き連ねた『グイン・サーガ』の第1巻。初版は1979年。日本のカオス的なサブカルチャーが芽吹いた80年代のまさに前夜である。
初めて読んだのは高校生の頃だった。長編ファンタジーに初めて触れたので、貪るように読んだのを覚えている。最新刊に追いつくまでにそれほど時間はかからなかった。第27巻の『光の公女』が当時の最新刊だった。第1巻の折り返しカバー(電子書籍にはもちろんそんなものはない!)に作品一覧が列記されていたように記憶している。その最新刊に向けて、小遣いをはたいて買ってわくわくしながら読んだものだ。古き良き80年代の風景である。
2012年、全巻電子書籍化を受けて、12月は全巻200円のキャンペーンが展開されている。そこで思わず大人買いしてしまった。残念ながら挿し絵は省略されているし、たまに誤字がある。「絞って」が「紋って」となっていたりする(現バージョンで同じミスが2ヶ所ある)が、これはOCRの変換ミス&校閲漏れだろう。紙版の第1巻をわざわざ引っ張りだして確認してみたが、原書ではもちろん「絞って」となっている。電子書籍の利点は、出版した後に改訂しても、自動的にクラウドの書籍も書き変わる、ということである。しかし、これが欠点にもなりうるのは、『1984』でジョージ・オーウェルが描いた「歴史の書き換え」が、いつ起っても我々が気付かない、ということかもしれない。なんてことを書き始めると、別次元の話になってしまうので、話を戻そう。
物語は、「それは、《異形》であった――」から始まる。
クリスタルがモンゴールによって制圧され、古代機械によってモンゴール辺境のルードの森に転送されたパロの双児、リンダとレムス。記憶のない豹頭の戦士・グインと出会い、スタフォロス城に拉致され、忌まわしき黒伯爵ヴァーノンに捕らわれる。
第1巻ではまだ、グインの豹頭が本物なのか、何者かによって呪われた仮面なのかがはっきりしない。しかし、グインの記憶に残っていた「アウラ」という言葉や、紅の傭兵・イシュトヴァーンの名前がもたらすリンダの予感めいたもの、トーラスのオロなど、後の物語に影響を及ぼすキーワードが散りばめられている。
その一方で、設定があやふやな部分も散見される。リンダがゴーラについて「ゴーラは豊かで開かれた中原地方の南半分を統べる強国よ」と説明しているが、後に発表される地図では、どちらかというと北東の地域のように見える。イシュトヴァーンが傭兵として行ったという『不具者の都キャナリス』も、その後物語では登場しない。第2巻で氷雪のクインズランドを治める『氷の女王タヴィア』という名前が登場するが、外伝4巻ではヨツンヘイムの氷の女王クリームヒルドが登場する。『不具者の王国』として名前の出るフェラーラは、後に外伝11巻で妖魔と人間が共存する国として登場する。発言者がお調子者のイシュトヴァーンなので、彼の情報は信ぴょう性が低いのだ、と言ってしまえばそれまでだが、この頃の設定がその後変遷していったと考えるのが自然だろう。そのような変遷も含めて、この長大な物語を楽しむのが正しい楽しみ方のようにも思う。
改訂騒ぎで「黒死病」や「黒伯爵」という名称に変更になっているが、それ以外にも「不具者の○○」だの、セム族のスニに対する登場人物の差別的な行動など(まぁ、猿人なので仕方ないのだろうが)、当時の社会風潮の中にあった無意識の差別感覚が潜んでいたりするが、それは作者のせいだけでもないように思う。当時はポスト全共闘時代で、かつバブル前。失われる前の80年代前夜だったのだ。その当時に思いを馳せながら、長大無辺なグイン・サーガがこうして生まれたことを思うと、いろいろと感慨深いものがある。
栗本薫は途中で乳がんを患ったりしながらも意欲的にこの作品の執筆に取り組んだが、2009年に膵臓がんで亡くなる。本編は130巻。往年のファンとして、グイン・サーガにも第100巻までは読んでいたのだが、その後はすっかり離れてしまっていた。だが、電子書籍ならば本棚の心配もしなくていいので、改めて読み返してみたいと思うようになった。ゴールまでは長い道のりだろうが、30年はさすがにかからず読破できるものと信じている。