マンガ、映画の感想をベースに、たまにいろいろ書いてます。


『虐殺器官』 伊藤計劃

評価:5.0

虐殺器官 [Kindle版]@Amazon (Amazon)
伊藤計劃のデビュー作。
米情報軍の特殊部隊のひとつ、特集検索群i分遣隊に所属するクラヴィス・シェパードの独白という形式で構成されたSF。
サラエボで核爆発が起きた後、先進国はテロ対策として高度な管理社会を構築し、物流だけでなく人の流れをもトレースできるようになっていた。
1984』でジョージ・オーウェルが構築した全体主義的な管理社会とは異なり、この作品では現代社会の延長線上に想定される米国を中心とした資本主義社会が行きつく管理社会を描いている。
特殊部隊員が主役ということで、『メタルギア・ソリッド』のような一人称視覚のシューティングゲームFPS)のようにスピード感のある戦闘描写がある一方、クラヴィスがターゲットの関係者のひとり、ルツィア・シュクロウプと交わす言語学的・社会文化学的会話の中には、著者独特の言語感覚と世界感がありありと反映させられていて、読んでいるとぐいぐいと引きこまれていく。
発展途上国に内戦をもたらす「虐殺の王」ジョン・ポールとの邂逅は、クラヴィスにとっては自分自身の罪や社会の持つ責任の所在を巡って、さらには人間という種族が本能的にもつという「虐殺器官」について解きほぐしていく。
表面上はハードなコンバットアクションだが、その実は高度に思索された社会批判的文芸作品といってもいい。
著者・伊藤計画がデビュー後わずか2年、34歳で早逝したのが惜しまれる。