マンガ、映画の感想をベースに、たまにいろいろ書いてます。


 第6話 「ビデオショップ・マリオ」

立て続けに書いてしまいました。この後はしばらく時間置く予定です(汗)。
「ハルとラクダ」 index

「これ、ハルにそっくりやろ?」
 アイビーエムがDVDの空ケースをカウンターまで持ってきた。『アメリ』だ。
 主演のオードリー・タトゥが大きな目を見開いてにんまり笑っている。
「そうかなぁ」
 確かに大きな目は似てなくもないけれども、ハルはもっと鼻が低い。典型的な日本人の顔だ。髪ももう少し長い。
「似てないと思うけどなぁ」
「そっか」
 アイビーエムは残念そうに『アメリ』のケースをぼくに渡し、店の奥へ消えていった。
 『アメリ』は割と人気があり、発売から随分経った今でも回転率の高い作品だ。今ぼくが手に持っているのも、ケースだけで中身は空。つまり貸し出し中だ。
 レンタルビデオ屋にとって、回転率は非常に重要な指標になる。新作で入ってくるときは大量に入荷されても回転率は高いのだが、旧作になると回転率はぐっと下がる。たくさん在庫を抱えても陳列棚は限られている。特にビデオショップ・マリオのような小規模な店舗にとっては重要な問題だ。
 そんなわけで新作を旧作に回す際には何本かを中古販売店に引き取ってもらい、残りに7泊8日貸し出し可能シールを貼る。回転率がさらに低くなれば、最終的には一本か二本を残してあとは全部引き取ってもらう。中古販売店に回すこともあれば、店舗で安く売ることもある。
 『アメリ』のように古くても回転率がそこそこいい作品は、在庫を数本置いていても採算のとれる「勝ち組」になる。
「ねえ、これ、アイビーエムさんに似てるよね?」
 今度はハルがやってきた。手に持っているのは『スパイ・ゾルゲ』のDVDだ。ケースはゾルゲ役のイアン・グレンが目深に帽子を被っている写真になっている。 
 こちらは去年出たばかりだというのにあまり回転率がよくない。入荷本数を見誤り、結構大量に入荷してしまった。劇場で観て気に入ったので、「これは!」と思って大量発注したのだ。しかし、予想に反してそれほど回転率は伸びなかった。おかげで店長にため息をつかれたものだ。
 既に旧作扱いなので本数はそれほど残っていないが、それでもほとんど借りられないまま残ってしまっている。こういう作品を「負け組」と呼んでいる。最近の日本映画はほとんどが残念ながらこの「負け組」に属してしまっている。
「う……ん。ちょっと似てない……かな」
 ぼくは言った。でもほんとは、全然似てないと思ってたりする。
 イアン・グレンはどちらかというと整った顔立ちだ。この写真では表情がよくわからないが、映画を観てみればわかる。個人的に「ゾルゲ」役としてはちょっとかっこ良過ぎると思って観ていたくらいだ。それに対してアイビーエムは、もっとこうアンバランスな印象なのだ。眉毛は薄く、目は落ち窪んでいる。鼻のスジがゴツゴツしていて、大きな鼻の穴が目立つほど高くソビエテいる。頬骨が出っ張っていて、額が広い。整っているとはお世辞にも言えない、とぼくは思う。
 イアン・グレンというよりは、フランケン・シュタインという感じだ。
「むぅ。残念」
 そう言いながらハルは『スパイ・ゾルゲ』のケースをカウンターに置いて、店の奥に消えていった。
 どうやらアイビーエムとふたりで「お互いに似ている人を探せ」なんてやっているようだ。迷惑な話だ。ここは遊園地じゃないんだぞ、と言いたい。マガリなりにもぼくの職場なのだ。
 狭いけど棚の管理もしっかりしているつもりだし、「店長のオススメ」なんていうポップも全部ぼくが作っている。店長は悪い人ではないのだけれど、そういうことにはあまり気の回らない人なのだ。店内のレイアウトはほとんどぼくが一人でやっていると言っても過言ではない。そしてぼくはそのことを少なからず誇りに思っている。
 またアイビーエムが別のケースを持って来た。
「これやで。今度はハルそっくりやろ?」
 アイビーエムから渡されたDVDは、『愛してる、愛してない…』だった。これもオードリー・タトゥ主演の映画だ。『アメリ』の頃よりも髪が長く、少しやつれた感じに写っている。確かにこちらの方が今のハルの髪型に近いかもしれない。
「でもこれ、さっきのと同じ人だよ」
 ぼくは『アメリ』と『愛してる、愛してない…』をアイビーエムに渡した。アイビーエムはふたつのケースを見比べる。同じ人には思えないらしい。しきりと首を傾げている。
「まぁ、『アメリ』よりはこっちの写真の方が似てるかもね」
 ぼくが言うと、アイビーエムは嬉しそうに笑った。
「そっか。アイビーエム勝ちやろ?」
 笑うと、「フランケン・シュタインではない何か」に似ている気がした。何に似ているのはかわからなかったが、確かに何かに似ている。何だっけ?
「あ。もしかして私の負け?」
 ハルが悔しそうに店の奥から声をあげた。
 邦画の新作コーナーの方からだ。そこにはドイツ人に似てる人はあんまりいないと思うのだけれど……。
「じゃ、次はトウシバさんを探そう大会! 次は負けないからね!」
 声がはりきってる。た、大会?
「アタシも負けへんやろ?」
 アイビーエムもあわてて店の奥に走っていった。アイビーエムの日本語は基本的におかしい。「アタシ」もおかしいし、「やろ?」の使い方は常に根本的に徹底的に間違っている。
 しかし、言いたいことは雰囲気でわかる。人間の理解力というのはわりと柔軟にできているものだ。
 きっとぼくらが外国語をしゃべると、外国人にはあんな感じに聴こえるに違いない。いや、もっとひどいだろう。それ以前に聴き取りができない。
 ぼくも洋画をよく観るけれど、自慢ではないが聴き取りなんてほとんどできない。字幕なしでは映画の筋もわからないんじゃないかと思う。セリフの多い映画だと、日本語音声でいいかと思うこともある。
 大体字幕なんて情報量少なくしすぎなんだよ、と怒る人もいる。店長がいつも言っている。「みんな戸田奈津子に騙されているんだ」というのが店長の口癖だ。ほんとかどうかはぼくは知らない。字幕と日本語音声を比べてみようと思ったことすらない。
 その点、アイビーエムは完璧にぼくたちの会話を理解している。変な大阪弁ではあるけれど、言っていることもわかる。少しばかり羨ましくないこともない。いやむしろ憧れる。正直な話。
 そんなことを考えながらボーッとしていると、ふたりがニコニコしながらやってきた。手にはそれぞれビデオのケースを持っている。
「見つけたで。トウシバさん。そっくりやろ?」
「私も発見。トウシバさん、これどう?」
 そう言ってふたりで揃ってケースを見せた。
 ええと。
 サモ・ハン・キンポー渡辺徹ですか……そうですか。
 やれやれ。悔しいけどちょっとムカついた。
 で、どう反応しろと?
 そう思ったときだった。
「!」
 ぼくはビクンと耳をソバダテた。耳をソバダテるというのはこういうことかと感心してしまうほど見事にビビッた。耳の筋肉が針金になったようだ。
 店の奥から、誰かの声が聴こえてきている。うめくような声だ。今も聴こえている。
 店の中には確かに三人しかいなかったはずだ。
 ぼくがいるカウンターは店の出入り口にある。ぼくはずっとカウンターにいて、誰も入ってきていないことはわかりきっている。店の出入り口はもちろん一箇所しかない。
 ハルとアイビーエムはぼくの目の前にいる。
 じゃぁこの声は?
 
 というところで次回に続くわけである。我ながら姑息な章立てだなぁと思ったり思わなかったり。でも仕方ない。これが「ラクダ世界」なのだ。