マンガ、映画の感想をベースに、たまにいろいろ書いてます。


第78期将棋名人戦 第3局 イラスト・メイキング

将棋名人戦第3局は、終盤の激しい王手の連続を躱して、先手の豊島将之名人が勝ちました。

これで豊島名人の2勝1敗。第4局はコロナ後の過密スケジュールの関係もあり、約1ヶ月後になります。一週間おきに名人戦を戦い、その合間にお互い他のタイトル戦に臨むという過酷な状況の中、これだけの息詰まる終盤戦を繰り広げるのは気力・体力を大きく削ったことでしょう。

さて今回も、たくさんイラストを描かせていただきました。よく、めちゃくちゃ似てるとか、肩のラインがそっくりとか仰っていただけるんですが、それは写真を下敷きにして描いているからです。みなさんとても持ち上げてくださるんですが、最近のお絵描きアプリでは写真や線画、色などを別レイヤーで管理できて、半透明化することも容易なので、実はそれほど難しいことではないんです。

現在、コロナ禍の新しい生活様式で、前夜祭や大盤解説会がなくなってしまい、せっかくの名人戦の舞台をファンの皆さんに現場で楽しんでいただくことができなくなっています。私自身、運営サイドの役割として、こういうイベントがなくなると、対局中はやることがそこまで多くありません。現場に行くまでの準備が仕事なので、現場に行った時にはもう仕事としてはほぼ完了しているんですね。あとは滞りなく万事が進むようにちょいちょい調整しながら見守っていくことになります。

そこで、現場の空気感をファンの皆さんに伝えるためにどうすればいいか考えたのが、今回やっているイラストです。現場の空気感を伝え、一般の方が入ることのできない検討室の様子や、表に出ないけれど裏で名人戦を支えている方々を紹介していければ、という思いがありました。

写真をそのままアップするのではなく、その人の人柄やエピソード、空気感などが伝えられるといいなぁと思っています。

大切なのは、絵としての完成度より、スピード感。名人戦は二日間なので、その合間に一枚の絵をこねくり回しているのでは意味がない。ということで、自分で撮影した写真を元にして、ラフにペンを入れ、着色するなりマンガチックに加工するなりしてアップします。

最初は細々と個人TwitterFacebookでアップしていこうと思っていたのですが、第1局でAbemaTVの中継で紹介していただき、朝日新聞デジタルでも採用してもらうようになってしまいました。個人的にはこんな落書き程度のものが多くの人の目に触れてしまうのは申し訳ないなという気持ちが大きいのですが、気に入ってくださる方々もいらっしゃるので、続けていきたいと思います。

今回は、実はそれほど難しくないイラストのメイキングを通して、みなさんにもお絵描きの楽しさを味わってもらおうと思います。描いていると思うのですが、好きなものを描くというのは、精神的にも非常に楽しい作業ですし、意外と簡単に見た目が綺麗なものを作り出せる満足感(ええ、自己満足万歳!)は計り知れません。

ただ、私もやっちゃってたんですが、写真や中継映像にも著作権はありますので、その辺りはご留意ください。雑誌の写真を元にイラスト描いてTwitterにアップしたら権利元から訴えられた、なんてことになっても当方は責任を負いかねます(汗)。中継映像のスクショをアップするのと同程度の配慮は必要かと思います。


前置きが長くなってしまいました。それではメイキングです。

今回のテーマはこのイラストです。

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38年ぶりの将棋会館での名人戦ということで、ぜひ描きたかった特別対局室をテーマとしたイラストです。これは二日目の朝のシーンからですが、前提として、この前日のこのイラストがあります。

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これは、1日目の昼食休憩明けのシーン。先に対局室に入った渡辺明三冠を背後から撮った写真を元に作成したものです。余計なものは全て削ぎ落としています。豊島名人は描いていないのですが、「不在の在」を描きたかったんですね。豊島名人がいるからこそ成立するこの状況なので、描いてないけどそこには強烈に豊島名人の存在感があるんじゃないか……と思って描きました。

まぁ、描いた人の思いというのは実は余計なことで、出来上がった作品から何を感じるのかというのは実は見る人の自由なんですよね。

でも、描いてから、やっぱり豊島名人も同じアングルで描きたいなぁと思ってしまうんですね。いや、多分この気持ちはわかっていただけることと思いたいです。

そこに訪れたのが二日目の朝。先に豊島名人が入室されたので、迷わずあの位置に移動して動画を撮影しました。

いつ渡辺三冠が入室されるかわからない状況なので、写真だけだと決定的なチャンスを逃しそうだと思い、咄嗟の判断をしました。

案の定、渡辺三冠はそれから数十秒後に入室されたので、何とか材料をゲットできたことになります。

そして、動画から切り出したのがこの写真です。

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イラストと見比べていただけるとわかると思いますが、お茶出しをする記録係や盤側などが映り込んでいます。イラストのいいところは、描き手が自由に描きたいものだけ描けるという点です。

今回のイラストは前出の渡辺三冠のイラストと対になるものにしたいと考えていたので、余計なものは省きます。また、「動」ではなく、「静」を描きたいんですね。

特別対局室で相手を待つ静かな時間、という雰囲気を出したい。

ということで、豊島名人が対局に向けて環境を整える所作(これはこれで美しくて、別作で懐中時計クルクルを描きました)は簡素化しました。

写真を下敷きにして、ペン入れをしたのがこれです。

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注力ポイントは豊島名人の顔周辺です。見た人がどこに注目するかをあらかじめ決めておくと、構図が決まりやすいです。この絵の場合は、豊島名人(顔中心)と後ろの掛け軸、そして右上あたりに「特別対局室」らしき何かを配置することで、三角形を作ることをイメージしています。

構図は三角形が基本で、三点を意識して描くとそれっぽく見えたりします(飽くまで個人的なイメージです)。

後の留意点としては、豊島名人の顔周辺をしっかり描き、他の部分は荒くしています。

また、前作を意識しているので、渡辺三冠の不在を描くために、手前の脇息と座布団は太い線で描いています。手前を太く、奥を細く描くと、自然な遠近感ができます。手前との距離がある場合は、手前の絵にぼかしを入れることで、フォーカスが合ってないような印象を与えることもできます。

しかし、この手前に色を入れると前出の三点ポイントが崩れてしまうので、着色はしないと決めました。

続いて、色を入れていきます。

今回は水彩っぽいぼやけたイメージにしたいので、重なる部分が多そうなところは別レイヤーに分けていきます。水彩ブラシは、同じレイヤーで塗ると混ざってしまうので、私は別レイヤーで塗っていきます。

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まずビューポイントの顔周辺から色を入れます。髪は黒。水彩ブラシの場合は重ね塗りしても濃くなるだけなので、荒い消しゴムでスッスッと筋を入れます。そうすると光が当たってる感じになります。

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続いて顔と手。

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盤と駒台。

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着物。着物の光の当たる部分に消しゴムを入れます。このあたりは感覚です。写真に忠実に光を当てるのではなく、光点がバラバラにならなければいいやくらいの適当さでいいと思います。このイラストでは、頭の光が当たってる部分と大きくズレてなければそれでOK、というくらいの感じです。

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座布団。着物と座布団は色味が似てるんですが、やはり隣り合って混ざってしまうので別レイヤーにします。

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そして背景。着色忘れなどもどこかのレイヤーで吸収します。あんまり厳密なレイヤー管理はしてません。最初にも述べた通り、スピード命ですので。

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最後に、残りの右上部分。これはこのフロアー入り口にある対局室掲示板のものですね。

ここに陰影をつけることで、立体感やリアル感が増します。

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これで完成です。影をつける時も、先ほどの光点をイメージします。このイラストの場合、右上から光が当たっているイメージなので、影は左下に付けるとしっくりきます。元写真と違っても構いません。なんせ絵ですから(笑)。

渡辺三冠の絵が左上からだったので、時間の流れを光点の移動で表現している……なんていうのならいいんですが、たまたまです(笑)。

これは、二日目の対局開始時の朝日新聞デジタルに掲載したいので、制作時間は約40分です。9時に対局開始で、10時には打ち合わせで将棋会館を出なくてはならないのがわかっていたので、速攻で仕上げました。


とまぁ、こんな感じです。このメイキングを書く方が時間がかかってるくらいです(汗)。

最近は描く将(描く将棋ファン)、描く碁(描く囲碁ファン)の方が増えてきて嬉しい限りです。私もCLIP STUDIOを使い始めて一ヶ月と少しなので、まだまだ使いこなせるには程遠いレベルの駆け出しですが、それでもこういう絵を1時間かけずに描けてしまいます。ほんと、お絵描きツールはすごいです。

個人的にはもっともっといろんな方が楽しく絵を描いてもらえたらなぁと思っています。絵って一瞬で入ってくるので、伝わるんですよね。

絵の技術やツールの習熟は、描けば描くほど上がります。好きなものがあれば、とりあえずスクショやキャプチャーを撮ってみて、描いてみることから始めてみるのがいいと思います。

私自身は、まだまだ写真のトレースじゃないとすぐにデッサンが狂ってしまうので、日々試行錯誤しながら描いてます。まずはトレースしてみてキャラクターの特徴を掴み、自分の絵を見ながら描いてみて、そこで形が取れるようになってきたら写真を見ながら描いていく。それを続けることで、いつかはリアルに見ているものを脳裏に焼き付けて絵にする……なんてこともできるんじゃないかなぁと思っています。

描いていると思うんですが、写真よりも目の解像度って圧倒的に高いんですよね。自在にいろんなところにフォーカスして細かく見ることができる。リアルを見ながらデッサンをした方が、写真をトレースするよりももっと鮮明に印象深い絵が描けるはずだと、個人的には考えています。

私も木村一基王位世代(私の方が一つ上)なのですが、この年になっても新しいことが身についていく楽しさを感じて日々を過ごしています。

ということで、みなさんもぜひ挑戦してみてください。CLIP STUDIOよりもProcreateの方が入りやすいかもしれません。私もまずはProcreateから入りました。

みなさんの絵を、楽しみにしています。