マンガ、映画の感想をベースに、たまにいろいろ書いてます。


『最悪の予感 パンデミックとの戦い』 茶殻で占った結果……

評価:4.5

マネー・ボール』のマイケル・ルイスによるCOVID-19に対するアメリカの専門家たちの奮闘と失敗の記録。

アメリカは、トランプ大統領やCDCが初動でCOVID-19の感染力や致死率を楽観視していたこともあり、感染者数も死亡者数も世界最多となった。

しかし、その裏で「ソーシャル・ディスタンス」を早くから提唱し、数理モデルを使っていかに効果的に感染爆発を封じ込めることができるかを検討していた人たちがいた。

彼らがアメリカ各地からホワイトハウスに集結する様は、まるで虐げられたヒーローたちが未知なる悪に立ち向かうアベンジャーズのようである。物語の展開が巧みで、一癖も二癖もある専門家たちが、数理モデルという武器を手に入れて対策を練っていく姿は、Netflixですぐにでも映像化できるのではないかと思うくらいドラマチックである。

実際にCOVID-19が登場してからは、読者の記憶にも鮮明に残っている経過を辿っていく。有効な手段として提言されていたはずの感染症対策プランは実現されず、アメリカ社会のシステムや人事的ヒエラルキーによって阻害され、時期を逸してしまう。

世界はまだCOVID-19との戦いの真っ只中にある。デルタ株だけでなく、イオタ株やラムダ株がさらなる脅威になる中、日本でもオリンピック期間と「たまたま」同じ時期に「人流は減っているはずなのに」かつてない感染爆発が起こっている。尾身茂会長や西浦博教授らが20年の早い段階からずっと提唱していた「感染拡大を抑えるには人流を抑えるしかない」と言っていたのは、まさにこの物語で語られる数理モデルによる予測の結果なのだ。

実際、中国政府はつい二週間前に患者がわずかしかいないと発表したのに、いまではかなり多いような行動をとっている。「茶殻で占った結果……」とカーターはウルヴァリンズの仲間に書き送った。「中国当局はもうすぐ武漢に一〇〇〇床の検疫病院を建設するでしょう。それも、五日以内に。また、人手が足りなくなって、軍の出動を要請するはずです。(中略)チェルノブイリ原発事故のとき、軍が出動したことを思い出します」

「茶殻で占った結果……」、日本でも軽症者を集中管理するような大規模収容施設を作らない限り確実に医療崩壊に向かっていくだろう。

感染爆発を抑えることができるのは、人々の流入を抑えた上で、感染初期にソーシャル・ディスタンスを取ることだと数理モデルは示している。数理モデルは「政府が何もしなければ」感染者数は指数関数的に増えることを示している。そうなると医療崩壊は防げない。

感染者数と死亡者数がいつも遅れて発表されることも考慮に入れる必要がある。今の数字は、二週間前の我々の行動の結果なのだ。

感染症予防は公衆の利益だが、公衆がみずから進んでじゅうぶんな対策に努めるとは期待できない。

とチャリティは語る。本当にそうであろうか。もし仮に、公衆が自ら進んでじゅうぶんな対策に努めるようになれば、それは感染症予防に効果があるのではないか。そしてそれこそが、日本がこれまで「なぜか」感染をなんとか抑えられていたファクターXだったのではないか。

「公衆自らが十分な対策に努める」ことしか、我々には残されていないのではないかと思う。